展示会初心者へ。異業種の映画監督が見た「M-tech」──製造業展示の演出力と成果の関係

7月の東京ビッグサイト。
広大な展示ホールに足を踏み入れた瞬間、熱気と機械油の匂いが混ざった空気が押し寄せてくる。壁一面に吊られた企業ロゴ、光沢を放つ金属部品、スーツ姿で名刺を握りしめた人々──ここは、日本の製造業の心臓部が一堂に会する舞台だ。

私は普段、映画の撮影現場や映像の展示会に身を置く人間だ。だが、この日だけは異業種の“観客”として、この巨大な舞台に立っていた。数分も歩けば、製造業の展示会にも映画と同じ「演出」の概念が存在することに気づく。そして、その差は残酷なほどに結果に直結している。

大手と中小の「演出格差」
あるブースでは、まるでSF映画のワンシーンのような光と映像が出迎えてくれた。天井からのライティングは製品の曲面をなぞるように反射し、大型モニターには加工工程の映像が滑らかに流れる。人の流れは自然とそこへ吸い寄せられ、立ち止まる。立ち止まれば会話が始まり、会話は名刺交換へとつながる。

一方、別のブースでは、折りたたみ机に製品とカタログがぽつんと置かれている。担当者は立っているが、表情は硬い。装飾はなく、説明パネルも最低限。来場者が視線を向けても、足を止める理由が見つからない。華やかなブースの隣で、この差は一層際立って見えた。

「立ち寄る言い訳」がないブースの悲劇
展示会は商談の場であると同時に、偶然の出会いの場でもある。
しかし、多くのブースが「商談ありき」の構えをしてしまい、初めての来場者が足を踏み入れづらい空気をつくっている。やはり、誰もいないブースに、それも「あまりハッピーじゃない顔」で担当者がブースに仁王立ちしていると、まるで警備員のようで、少し入るのを躊躇してしまう。そんな時に彼らが、気軽にブースに立ち寄れる「言い訳」を用意することが非常に大事なのだ。その中でも一番効果的なのは知的好奇心をくすぐる手法ー「これは何ですか?」という会話を生む仕掛けを用意することである。

例えば、動くデモ機や試作品の展示があれば、自然な会話のきっかけが生まれる。なぜなら、何かわからないことを知るという人間の欲求は人間の生存本能に刻まれた自然な行動(不明確なことを減らし、生存の確実性を高める)であり、人間が最も会話を始める際に有効なオープナーなのだ。もちろん、元々あなたの会社に興味があった人はそこから商談へと繋げていけば良いだろうし、また全く関係がないと思っていたその人との会話から意外な商談や協業が生まれることもある。この会話のきっかけは、あなたに話すことを許可するボーナスタイムだ。「すみません!少し話を聞いていただけませんか?」と道行く人を引き留めて、一方的に説明するのではなく、この「これは何なのか教えてください=喋ってください」という状態を作り出すことはプレゼンで非常に有効な手法である。その際に、しっかりと会社の魅力の紹介に繋げる動線をデザインしておく事が大事だ。「これは何?」という会話が生まれれば、何でも良いわけではない。ただ「面白かった」では勿体無い。しかし、机の上の静止した製品は、その一言すら引き出せない。何も物語が始まらない。

そして、安易なノベルティ配布は逆効果にもなり得る。なぜなら、彼らの中ではモノをもらう事が目的なので、それを与えた時点で解決になってしまうからだ。よく、有名お菓子をエサに人を集めるブースがあり、私も「興味がるフリして」話を聞きに行ったが、そのブースがどこだったかはもう覚えてないない。目当てが“お菓子だけ”の人が増えれば、スタッフの時間と集中が奪われる。もしやるなら、配るモノ自体に「これは?」と思わせるような仕掛けと、会社の魅力PRへと繋ぐ動線を確保しよう。また、アンケート記入やSNSフォローなど、次につながる接点作りとセットで行うのも有効だ。

ウェルカム対応でパイを広げる理由と価値
展示会では、本命客に狙いを絞るあまり、“客じゃない”と判断した来場者を素通りしてしまうブースが多い。だが、それは展示会の可能性を半分放棄しているのと同じだ。本命の客だけを相手しようと、多くの時間を暇に過ごすよりは、そういった方々へのアプローチも考えておくことが展示会での成果に大きく関わるかもしれない。

情報拡散者としての価値
 SNSや業界内ネットワークで情報は思わぬルートで広がる。異業種や学生でも、「面白かった」「対応が良かった」という印象は伝播し、間接的に本命の客に届く可能性がある。

将来の顧客になる可能性
 今は購買権限を持たない来場者も、数年後には立場が変わる。新人社員が購買担当になったり、異業種の人が転職して顧客になることもある。

潜在ニーズの掘り起こし
 来場者自身がまだ気づいていない課題(ペイン)を抱えている場合がある。雑談から「それ、弊社で解決できますよ」という発見につながることも珍しくない。

ブースの活気が次の来場者を呼ぶ
 人が集まるブースは、それだけで周囲の興味を引く。立ち話やデモ体験をしている光景は、他の来場者を誘い込む無言の広告になる。

率直なフィードバック
 購買意欲ゼロの来場者ほど、ブースの印象や説明の分かりやすさについて遠慮なく意見をくれる。それが改善のヒントになる。

疲労した来場者に「最後の一押し」を
来場者は広い会場を歩き続け、やがて集中力が切れる。「似たような製品はもう見た」と判断された瞬間、そのブースは視界から外れる。だからこそ、ひと目で差別化できる演出が必要だ。

映像はその点で圧倒的に有効だ。大画面に映し出された迫力ある映像は、疲れた来場者の足を止め、言葉より早く情報を届ける。装飾の予算が限られていても、大きなモニターに良い映像を流すだけで空気は変わる。

専門性と即答力
もう一つ、強いブースの共通点がある。現場の職人や技術者が立っていることだ。彼らは製品の背景や工程を、その場で深く説明できる。もし人員の都合で職人が来られないなら、代わりに詳細な資料や動画を用意しておくべきだ。

そして忘れてはならないのは、展示会後の対応だ。ブースで名刺を渡し、興味を持たれたとしても、公式サイトや資料が貧弱ならチャンスは消える。実際、私が担当しているいくつかの企業の会社サイトへのアクセス解析を分析していると、展示会後にその会社名で検索されている事が多い。名刺やパンフレットに書かれているサイトURLを直で打ち込まず(お目当ての会社への最短ルートを使わずに)、会社名を検索して、その検索結果から選択していくわけだ。サイトドメインが打ち込むのが面倒な人もいるだろう。もしかしたら、客観的な会社の評価を知りたいと、他のソースで会社を言及しているものを見たかたったのかもしれない。いずれにしろ、あなたの会社名で検索された時に上位に表示されるモノを注意深く監視しよう。あなたの会社名で、他の競合他社が表示されるという悪夢は意図せずに起きることもあるが、これを意図的にやっている企業も存在する。リアルで出会えたから安心ではない。展示会はゴールではなく、スタート地点なのだ。

3つの展示会必勝ポイント(まとめ)
「立ち寄る言い訳」をデザインせよ
 動くデモ機、試作品、大型映像などで第一印象から差別化し、偶然の会話を生み出す空間を作る。

ウェルカム対応でパイを広げよ
 業界外や本命ではない来場者にも笑顔で接することで、情報拡散、将来の顧客化、潜在ニーズ発掘、ブース活性化、率直なフィードバックという複数の価値を得られる。

展示会はゴールではなくスタート
 名刺交換後の検索や問い合わせを想定し、公式サイト・資料を整備。展示会後の接点維持が成果を左右する。

展示会必勝チェックリスト(10項目)
立ち寄る理由を用意する:動くデモ機、試作品、体験型展示など。

☑︎第一印象で差別化:通路からひと目で「他と違う」とわかる装飾や映像。

☑︎ウェルカム対応:業界外の人や学生にも笑顔で接する。

☑︎偶然の会話を誘発:製品に関する簡単な質問を促す仕掛け。

☑︎ノベルティは接点作りとセットで:アンケートやSNSフォローを条件に。

☑︎スタッフの配置と動線設計:死角をなくし、来場者を自然にブース奥へ誘導。

☑︎専門家の同席:現場の職人、もしくは深掘りに耐えられる人材。

☑︎高品質な映像活用:短時間で情報を届け、印象を残す。

☑︎アフターフォローの準備:展示会後すぐに見られる公式サイトや資料。

☑︎疲れた来場者への配慮:椅子や休憩要素、短時間で魅力が伝わるコンテンツ。

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